損益分岐点と資金分岐点の違いを理解して正しい目標設定をしよう

黒字なのにお金が足りない——その原因と対策を、2つの「分岐点」から解き明かしていきましょう
黒字なのに資金が足りないのはなぜか?
「会計事務所の先生からは『今期は黒字ですね』と言われたのに、なぜか通帳を見るとお金がない。むしろ昨年よりも減っている気がする——」
このような違和感は、年商1億円未満の中小企業の経営者がよく感じる疑問の一つです。特に創業から数年が経ち、ある程度売上が安定してきた段階では、「利益が出ている=お金が増えている」と思ってしまいがちです。
しかし現実は、「黒字なのに資金が不足する」ことは珍しくありません。実際、黒字倒産という言葉があるように、利益と資金の動きは必ずしも一致しないのです。
このギャップの正体を見抜くためには、会計の構造に基づいた「損益分岐点」と「資金分岐点」の2つの視点を身につける必要があります。
本記事では、損益分岐点と資金分岐点の違いを丁寧に解説したうえで、どのようにしてそれぞれを経営判断に活かし、日々の資金繰りと売上目標に落とし込んでいけばよいのかを、実務的な目線で解説します。
損益分岐点とは何か?利益を出すための最低ラインを知る
損益分岐点の定義とは?
損益分岐点とは、「企業の利益がちょうどゼロになる売上高」のことを指します。英語では「Break-even Point」と呼ばれ、経営管理の基本指標のひとつです。
損益分岐点を超えた売上からは利益が生まれ、下回ると赤字になります。この指標は、財務会計の視点ではなく、管理会計の視点で用いられることが多いものです。
たとえば、次のようなケースを考えてみましょう:
- 月間の固定費:300万円
- 売上に対する変動費率:60%
この場合の損益分岐点は次のように求められます:
損益分岐点売上高 = 固定費 ÷(1 – 変動費率) = 300万円 ÷(1 – 0.6)= 750万円
つまり、月商750万円を超えなければ黒字にはならないということです。
損益分岐点の計算に必要な要素
損益分岐点の算出にあたって重要なのが、固定費と変動費の分類です。
種別 | 内容 | 具体例 |
固定費 | 売上に関係なく発生する費用 | 家賃、人件費、保険料、通信費など |
変動費 | 売上に応じて比例して変動する費用 | 仕入原価、外注費、販売手数料など |
この分類を正確に行うことが、正しい損益分岐点の算出につながります。
なお、固定費と変動費の線引きが曖昧な場合は、【限界利益率=(売上-変動費)÷売上】を基準に考える方法もあります。限界利益率を把握することで、一つの売上あたりどれだけ利益が残るかを捉えることが可能になります。
損益分岐点は経営判断の指標になる
損益分岐点は、企業の「採算ライン」を明確にする役割を担います。これにより、以下のような経営判断が可能になります:
- 売上目標の設定
→ 必達ライン(損益分岐点)を明確にすることで、売上ノルマに現実性を持たせる - コスト削減の目標設定
→ 固定費を下げれば、損益分岐点も下がるため、リスクを軽減できる - 価格戦略の検討
→ 限界利益率が上がれば、損益分岐点が下がり、利益の出やすい構造になる
こうした視点は、経営における「数字の言語化」を進め、感覚的な経営から脱却する第一歩となります。
資金分岐点とは何か?お金が減らないための最低ラインを見抜く
資金分岐点の定義と考え方
資金分岐点とは、「実際にお金が減らないための売上高」を指す概念です。損益分岐点が「利益のゼロライン」であるのに対し、資金分岐点は「キャッシュフローがプラスマイナスゼロになるライン」です。
ここで重要なのは、「損益」と「資金」は違うという理解です。
損益は発生主義で計上され、実際のお金の動きとは異なります。そのため、損益分岐点を超えても、手元の現金が減っているという状況は十分に起こりえます。
資金分岐点を構成する要素
資金分岐点の考え方では、以下の2つの項目が重要になります。
(1)損益項目だが、資金支出がないもの(=加算)
- 減価償却費
- 引当金の繰入
(2)損益項目ではないが、資金支出があるもの(=減算)
- 借入金の元本返済
- 設備投資(固定資産の取得)
- 税金(法人税・消費税など)
- 役員貸付や配当、私的支出
このような「損益と資金のズレ」を加味して、本当の「お金が増減しないライン」を見極めるのが、資金分岐点の目的です。
損益分岐点と資金分岐点を両方使った売上目標の立て方
損益ベースと資金ベースで目標を二重に設定する
損益分岐点と資金分岐点の両方を明確にすることで、企業として本当に必要な売上水準が見えてきます。たとえば、以下のようなケースを考えてみましょう。
- 月間固定費:300万円
- 変動費率:60%
- 減価償却費:20万円
- 借入金返済額:40万円
- 法人税・消費税などの税金合計:30万円
- 設備投資支出:10万円
このとき、損益分岐点売上は:
300 ÷(1 – 0.6)= 750万円
一方、資金分岐点売上は:
(300 – 20 + 40 + 30 + 10)÷(1 – 0.6)= 900 ÷ 0.4 = 975万円
つまり、損益では黒字ラインの売上が750万円でも、「資金が減らない」売上は975万円も必要になります。実際の目標売上としてはこちらを意識すべきなのです。
このように、「利益が出ているのにお金が減る」という疑問は、資金分岐点の存在を知らなければ解消されません。
目標売上設定のフレームワーク
以下のステップで、損益・資金の両視点から売上目標を組み立てていきましょう。
ステップ①:損益分岐点の算出
- 固定費と変動費を整理し、基本的な損益構造を把握
ステップ②:資金支出項目の棚卸し
- 借入金返済・税金・投資など、損益に現れない支出を把握
ステップ③:減価償却など非資金項目を加味
- 実際に出ていかない費用を加算し、調整後キャッシュフローを算出
ステップ④:資金分岐点の計算と目標売上の再定義
- 損益分岐点では足りないと認識し、資金視点で売上目標を設定
これにより、見せかけの黒字経営ではなく、「資金を残す経営」が実現できます。
資金繰りの「落とし穴」にはまらないために
目先の利益や売上ばかりに気を取られていると、実際の資金繰りは厳しくなります。
よくある例:
- 売上が増えたのに、売掛金の回収が遅れて現金が足りない
- 設備投資をしたが、減価償却費で利益は減るが、資金はそれ以上に大幅に減少する
- 借入金の返済が重なり、利益は出ているのに口座残高は減少
このような事態を防ぐには、常に「損益ではなく資金で考える」ことが大切です。
経営に活かす資金分岐点の具体的活用術
月次資金繰り管理に資金分岐点を組み込む
資金分岐点の視点を日々の資金繰りに落とし込むことで、経営判断にブレがなくなります。たとえば以下のように月次で資金の流れを「見える化」します。
(例)資金ベース月次収支表のイメージ
項目 | 金額(万円) |
売上高 | 1,000 |
入金(売掛回収) | 800 |
支出(仕入、人件費、家賃) | 600 |
借入返済 | 40 |
設備投資 | 20 |
税金 | 30 |
差引(増減) | +110 |
このような表を毎月つけることで、数字感覚が鋭くなり、必要な売上・資金の感覚が身につきます。
銀行との交渉材料にもなる
資金分岐点を把握しておくことは、銀行からの信頼にもつながります。借入の申請や返済条件の見直しの際に、資金収支に基づいた数値計画を提示できれば、金融機関の評価が上がりやすくなります。
たとえば:
- 「損益分岐点売上は700万円ですが、資金分岐点は950万円なので、当面の売上目標は1,000万円を設定しています」
- 「この借入返済は、年間の資金収支から見ても問題なく返済可能です」
このような具体的な数値根拠があると、説得力が段違いになります。
「資金余裕」を生むための利益水準を設定する
資金分岐点は「お金が減らない」ラインですが、経営としては「お金が貯まる」体制を作らなければなりません。そのためには、資金分岐点の上に戦略的余裕を乗せた「資金留保分岐点売上」を考えることも大事です。
たとえば:
- 資金分岐点売上:950万円
- 月次で100万円貯金したい場合
- 必要売上=(950 + 100 × 利益率調整)÷(1 – 変動費率)
こうして逆算することで、「成長のための余剰資金」を確保できる売上高を把握できます。
黒字倒産を防ぐための「資金の見える化」戦略
キャッシュフロー計算書を「読む力」を身につける
キャッシュフロー計算書(C/F)は、経営者が資金の流れを正確に把握するための最重要資料です。特に損益計算書と資金のズレを埋めるためには、キャッシュフロー計算書を読む力が欠かせません。
キャッシュフロー計算書は以下の3つの区分で構成されます:
区分 | 内容 | 主な構成項目 |
営業活動によるC/F | 本業で得られる現金 | 税引前利益、減価償却費、売掛金の増減など |
投資活動によるC/F | 設備投資など | 固定資産の取得・売却 |
財務活動によるC/F | 借入・返済・配当など | 借入金の増減、自己資本の増減 |
この中でも特に重要なのは、「営業活動によるキャッシュフロー」です。ここが常にプラスである状態を保つことが、健全な経営の基盤となります。
経営者が最低限チェックすべき3つの数字
資金繰りに強い経営者になるために、毎月必ずチェックすべき数字があります。
- キャッシュ残高(実際に使えるお金)
- 月次の資金収支(プラス or マイナス)
- 売上債権回収の期間(売掛金の回収サイト)
これらの数字を把握していないと、たとえ利益が出ていても「今月末の資金が足りない」という事態に陥る可能性があります。特に売掛金の回収が遅れている企業は、資金分岐点が急激に上昇するため注意が必要です。
キャッシュフローの「先読み力」を鍛える
資金ショートは突然起こるわけではありません。多くの場合、数ヶ月前から「兆候」が数字として表れています。これに早く気づくには、3ヶ月先までのキャッシュフロー予測表を作成する習慣を持つことが非常に有効です。
作り方は以下のとおりです。
- 各月の入金予定(売上の回収スケジュール)
- 各月の支出予定(仕入、人件費、税金、返済など)
- 差引で資金残高の推移を確認
このような簡易の予測表でも、数字として「見える化」することで資金繰りに対する警戒心が高まり、経営のブレを未然に防げます。
数字に強い経営者になるための行動ステップ
感覚ではなく「根拠ある数字」で判断する習慣
日本の中小企業の多くは、「勘と経験」に頼った経営をしている現状があります。しかし、時代が不確実性を増す中、数字による経営判断こそが会社を守る盾となります。
損益分岐点と資金分岐点を基礎として、「どれだけ売れば利益が出て、どこまで売らないとお金が残らないのか」が明確になれば、経営のリスク管理が格段に向上します。
会計事務所や顧問税理士との連携強化
損益と資金の構造を理解している経営者は、会計事務所との関係も質が高くなります。
- 「今月の損益分岐点と資金分岐点はどのくらい?」
- 「借入返済を増やすと、資金分岐点はいくら変わる?」
このような会話ができるようになると、月次報告の時間が「報告」から「戦略会議」に変わります。
COO代行・財務パートナーの活用も視野に入れる
すべてを経営者が一人で背負う必要はありません。財務のプロとタッグを組み、経営の意思決定をより精緻に行うという方法もあります。
とくに弊社のようなCOO代行・バックオフィス支援会社を活用していただくことで、以下のような価値が得られます:
- 損益・資金両面からの売上計画立案
- キャッシュフロー予測の作成とレビュー
- 資金調達や金融機関との折衝サポート
これらを通じて、経営者が本業に専念できる環境を整えることができます。
損益と資金の両視点が「経営の武器」になる
黒字なのにお金が足りない。この矛盾に直面したときこそ、経営者としての次のステージに進む好機です。
「損益分岐点売上」は会計の世界での利益がゼロのライン。
「資金分岐点売上」は実際の現金の増減がゼロのライン。
この2つの分岐点を正しく理解し、両方の視点から売上目標を設定することで、経営判断の精度は飛躍的に高まります。
さらに、資金分岐点は「黒字倒産を防ぐための現実的な道しるべ」となり、企業の安定と成長の土台を支えてくれる重要なツールです。
ぜひ、この記事をきっかけに、ご自身の会社の「損益分岐点」と「資金分岐点」を明らかにし、数字に強い経営者として次の一歩を踏み出してください。